大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成8年(ワ)2218号 判決

原告

松本隆幸

ほか二名

被告

大嶋英哉

ほか一名

主文

一  被告らは原告松本隆幸に対し、連帯して金七二五万八三五三円及び内金七〇五万八三五三円に対する平成五年一二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは原告松本浩幸に対し、連帯して金二五四万九一七七円及びこれに対する平成五年一二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告らは原告松本康典に対し、連帯して金二五四万九一七七円及びこれに対する平成五年一二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、これを五分し、その三を原告らの、その余を被告らの負担とする。

六  この判決は、第一項ないし第三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは原告松本隆幸に対し、連帯して金一七二一万二六六八円及び内金一六二一万二六六八円に対する平成五年一二月二五日(事故日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは原告松本康典に対し、連帯して金五四九万九四四五円及びこれに対する平成五年一二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告らは原告松本浩幸に対し、連帯して金五四九万九四四五円及びこれに対する平成五年一二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原動機付自転車を運転中に、普通乗用自動車と衝突し、転倒した後、別の普通乗用自動車に轢過され死亡した者の遺族が、右両車両の運転手を相手取つて、民法七〇九条、七一九条に基づいて、損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実及び争点判断の前提事実(以下( )内に認定に供した主たる証拠を示す)

1  事故の発生(争いがない)

第一事故

〈1〉 日時 平成五年一二月二五日午前二時五五分頃

〈2〉 場所 大阪市東住吉区湯里五丁目一番一九号先交差点

〈3〉 関係車両 松本正子運転の原動機付自転車(以下「松本車」という)

被告大嶋運転の普通乗用自動車(以下「大嶋車」という)

〈4〉 事故態様 松本車と大嶋車が衝突し、松本正子が路上に転倒した。

第二事故

〈1〉 日時 第一事故の後

〈2〉 場所 第一事故と同じ

〈3〉 関係車両 被告冨吉運転の普通乗用自動車(以下「冨吉車」という)

〈4〉 事故態様 冨吉車が第一事故により路上に転倒している松本正子を轢過した。

2  松本正子の死亡(争いがない)

松本正子(以下「正子」という)は、第二事故後、死亡した。

3  当事者の地位(丙一三の二)

原告松本隆幸(以下「原告隆幸」という)は正子の夫、原告松本浩幸及び原告松本康典(以下それぞれ「原告浩幸」「原告康典」という)は正子の子である。

4  損害の填補 三三二五万四六三〇円(争いがない)

原告らは、自賠責保険金三一五六万二九〇〇円、被告冨吉から一六九万一七三〇円をそれぞれ受け取つている。

二  争点

1  因果関係、過失相殺

(原告の主張の要旨)

被告大嶋は飲酒の影響で注意力が散漫になつた状態で大嶋車を運転し、松本車の発見が遅れた結果、後方から松本車に大嶋車を衝突させ、転倒した正子を救護することなく逃走した。他方、被告冨吉は時速九〇キロメートルの高速度で冨吉車を走行させたため、転倒している正子を発見することができず、これを轢過して死亡させたもので、両被告は共同不法行為者の関係に立つものであり、また本件は両被告の全面的過失による事故といえる。

(被告大嶋の主張の要旨)

本件事故は、被告大嶋が本件交差点を青信号に従い進行中、正子が本件交差点の左角付近の歩道上から右斜めに急発進してきたため発生したものであり、被告大嶋は無責である。そうでないとしても、大幅な過失相殺がなされるべきである。

(被告冨吉の主張の要旨)

第一事故と第二事故との間には時間的間隔があるから、被告大嶋とは共同不法行為の関係はなく、正子の死亡は第一事故の受傷に起因することが考えられるから被告冨吉は無責である。

仮に責任は否定できないとしても、正子は被告冨吉にとつては路上横臥者と同様であり、大幅な過失相殺がなされるべきである。

2  損害額全般

(原告の主張)

〈1〉 治療費、文書料 一九万四六三〇円

〈2〉 逸失利益 三三〇五万七七八〇円

〈3〉 慰藉料 二二〇〇万円

〈4〉 葬儀費用 四二一万三七七八円(原告隆幸負担)

〈1〉ないし〈3〉の合計五五二五万二四一〇円から前記損害填補額三三二五万四六三〇円を差し引いた二一九九万七七八〇円について、原告隆幸はその二分の一の一〇九九万八八九〇円及び〈4〉四二一万三七七八円の合計一五二一万二六六八円並びに〈5〉相当弁護士費用二〇〇万円の総計一七二一万二六六八円及び内金一六二一万二六六八円(一五二一万二六六八円及び弁護士費用の内着手金一〇〇万円を加算したもの)に対する本件事故日から支払い済みまでの遅延損害金を求める。原告浩幸及び同康典は前記二一九九万七七八〇円の四分の一たる五四九万九四四五円及びこれに対する本件事故日から支払い済みまでの遅延損害金の各支払いを求める。

第三争点に対する判断

一  争点1(因果関係、過失相殺)について

1  裁判所の認定事実

証拠(乙一、二、検乙一ないし六、丙二の1ないし61、三の1ないし4、四、五の1ないし72、六の1、2、九の1ないし3、一〇、一一、被告大嶋本人、被告冨吉本人)及び前記争いのない事実を総合すると次の各事実を認めることができる。

〈1〉 本件事故は、別紙図面Ⅰのとおり、南行き、北行き合わせて五車線で、車道の幅員約一七メートル(以下メートル表示はいずれも約である)の南北道路と片側一車線の東西道路によつてできた十字型交差点において発生した。右交差点は市街地にあり、信号機によつて交通整理がなされている。

南北道路の最高制限速度は時速六〇キロメートル、東西道路は時速四〇キロメートルであり、いずれの道路も前方の見通しは良好である。本件事故当時、交差点付近のパチンコ屋のネオンは消えていたが、ラーメン屋は開店しており、夜間としては普通の明るさであつた。

〈2〉 被告大嶋は、平成五年一二月二四日午後一〇時ころから二五日午前〇時ころまで、スナツクで飲酒した後、大嶋車を運転して、東西道路を西進し、別紙図面Ⅰの〈1〉点において対面青信号を確認し、これに従い、時速二〇ないし三〇キロメートルの速度で、〈2〉まで進行したところ、左斜め前方六メートルの〈ア〉の松本車を発見し、ややハンドルを右に切るとともに急制動をかけたが及ばず、〈3〉において〈イ〉の松本車と衝突した(衝突地点は×)。被告大嶋は〈4〉まで進行して後方を見たところ、〈ウ〉に正子が転倒しているのを認めたが、飲酒運転が発覚するのを虞れたこともあつて、そのまま現場を走り去つた。なお、被告大嶋は翌一二月二六日警察に出頭した。

〈3〉 他方、被告冨吉は、一二月二五日午前〇時三〇分ころから午前二時ころまで、寿司屋においてビール一本位を飲んだ後、冨吉車を運転し、南北道路を時速約九〇キロメートルの速度で北進し、第一事故後本件交差点にさしかかつたが、別紙図面Ⅱの〈1〉において対面信号が青であることを確認し、右速度で進行したところ、〈2〉において前方二七メートルの地点に黒い影を認めたが、ただの落下物だと判断し、突つ切ろうとしてそのままの速度で進行し、〈3〉において〈ア〉の正子と〈イ〉の松本車に衝突した。被告冨吉は堅い物に衝突したと感じたことから〈4〉においてブレーキをかけ、〈5〉に停止したところ、松本車は〈ウ〉で冨吉車の下敷きになつており、正子は〈エ〉に転倒しており、その周囲にはヘルメツト片が散乱していた。

なお、被告冨吉は、本件事故後呼気検査を受けたが、刑事処罰の対象となる呼気一リツトルあたり〇・二五ミリグラムのアルコールの保有量には達していなかつた。

〈4〉 訴外橋本正人は、本件交差点の北側において、第一事故の音を聞いたので、交差点付近に歩いて向かつたところ、タクシーが松本車を避けて走行していたが、後続車たる冨吉車が松本車を引きづつているのを目撃した。

〈5〉 正子の直接死因は、胸腹部内臓挫滅であり、その原因は胸腹部挫圧轢過であり、胸腹部の挫滅は肺、小腸、肝臓、腎臓の各部に及んでいる。他方、事故直後、冨吉車の底部には血痕、毛髪、脂肪様の物が付着していた。

2  裁判所の判断

第二事故は、第一事故から間もなく起きたもので、第一事故によつて正子が幹線道路の車道上に転倒し、しかも被告大嶋によつて救護されず、放置されたことが原因となつて起きたものと言える。被告大嶋と被告冨吉は共同不法行為者として、民法七一九条により、両名とも正子に生じた損害を賠償しなければならない。被告冨吉は、正子の死亡は第一事故に起因すると主張するが、右各事故態様、正子の負傷内容、冨吉車の事故後の状況に照らすと、正子の直接死因は第二事故によるものと認められる。

そこで次に、過失割合について検討する。

被告大嶋は直前まで、松本車の存在に気づかなかつたもので、前方不注視の過失が認められる。他方、正子は大嶋車の進路方向に近寄つており、これが第一事故の直接の原因となつたことを考えるとその過失の程度は被告大嶋の過失を上廻つている。しかし、正子の直接の死因となつた第二事故は、被告大嶋が第一事故直後に救護措置をなせば防げたものと認められるから、第一事故の発生についてだけ両者の過失割合を論じるのは意味がない。被告大嶋の第一事故の発生についての過失、その直後に正子の救助をなさなかつたという故意行為と正子の過失を、公平の観点から対比した場合、その過失割合は正子の二に対し、被告大嶋が八とするのが相当である。

被告冨吉は、先行車が正子を避けて走行しているにも拘わらず、極めて高速度で進行した結果、もはや制動できない距離に至つてから路上の影を認めたもので、その過失は明らかである。しかも、右影が人かもしれないということに思いを致さず、単なる落下物であると軽信し、衝突時までそう思つていたもので、このような運転態度には同人の飲酒の影響も窺われ、その過失の程度は重いものがあるから、被告大嶋におけるのと同様、八割の過失割合と見るのが相当である。

二  争点2(損害額全般)について

1  治療費 一九万三八三〇円(主張一九万四六三〇円)

証拠(丙七)によれば、治療費一九万一七三〇円、文書料二一〇〇円の計一九万三八三〇円を要したことが認められる。

2  逸失利益 三二一二万〇三四〇円(主張三三〇五万七七八〇円)

証拠(甲二五、原告松本隆幸本人)によれば、正子(昭和二五年八月三〇日生)は、事故当時四三歳の健康な女性であり、主婦業を営む傍ら深夜営業の喫茶店に勤務していたことが認められ、平成五年度賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計、女子労働者四〇歳から四四歳までの平均年収三四五万三八〇〇円に見合う労働をしていたことが認められる。

そこで、右年収を基礎とし、その生活費割合を四割、就労可能年齢を六七歳とみて逸失利益を算定すると右金額が求められる。

計算式 三四五万三八〇〇円×〇・六×一五・五=三二一二万〇三四〇円

3  死亡慰藉料 二二〇〇万円(主張同額)

2認定の各事実、即ち正子が一家の主婦であること、本件事故態様等本件審理に顕れた一切の事情を考慮して右金額が相当であると認める。

4  葬儀費用 一二〇万円(主張四二一万三七七八円)

本件事故と相当因果関係がある葬儀関係費用は一二〇万円であり、証拠(原告隆幸本人)により原告隆幸がこれを負担したことが認められる。

第四賠償額の算定

一  第三の二の1ないし3の合計は五四三一万四一七〇円である。これに、第三の一2認定にかかる被告らの過失割合を乗じると四三四五万一三三六円(五四三一万四一七〇円×〇・八)となる

二  原告隆幸の賠償額

1  一の金額に同原告の相続分である二分の一を乗じ、第三の二の4の金額に被告らの過失割合を乗じた金額を加算すると、二二六八万五六六八円となる。

計算式 四三四五万一三三六円÷二+一二〇万円×〇・八=二一七二万五六六八円+九六万円=二二六八万五六六八円

2  弁論の全趣旨により、前記損害填補額は、相続分に応じて填補されたと認められるから、右金額から前記損害填補額三三二五万四六三〇円の半額である一六六二万七三一五円を差し引くと六〇五万八三五三円となる。

3  右金額、本件審理の内容、経過、原告浩幸及び原告康典は弁護士費用の請求をなしていないこと等に照らすと、原告隆幸が訴訟代理人に支払うべき弁護士費用のうち本件事故と相当因果関係があるとして被告らが負担すべき弁護士費用は一二〇万円と認められる。なお、一〇〇万円は着手金として原告訴訟代理人に支払済みである(原告隆幸本人)。

4  よつて、原告隆幸の請求は、2、3の合計七二五万八三五三円及び内金七〇五万八三五三円(但し2の金額に着手金一〇〇万円を加算したもの)に対する本件事故日である平成五年一二月二五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

三  原告浩幸及び原告康典の賠償額

1  一の金額に同原告の相続分である四分の一を乗じると、一〇八六万二八三四円となる。

2  弁論の全趣旨により、前記損害填補額は、相続分に応じて填補されたと認められるから、右金額から前記損害填補額三三二五万四六三〇円の四分の一である八三一万三六五七円を差し引くと二五四万九一七七円となる。

3  よつて、同原告らの請求は、右金額及びこれに対する本件事故日である平成五年一二月二五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 樋口英明)

交通事故現場の概況(三)現場見取図

別紙図面Ⅰ

別紙図面Ⅱ

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例